現代では使われない用語が曖昧、難解で本質を言い表していない、もしくは本質を隠すために美辞麗句で言い換えている、と言う問題があります。例えば、幕末を学習し始めた当初混乱するのが「尊王攘夷」と言う言葉です。
公家や各藩が「尊王攘夷派」と「公武合体派」が対立した、などと書かれても、「公武合体」を目論んだ徳川幕府は慶喜が錦の御旗を見て敵前逃亡したことからも分かるように、「尊王」でなかった人はいなかったと思います。また「攘夷」には外国船を打ち払うとか外国人を殺傷する、と言う意味から、不平等条約を改正する、ような意味まで幅があるようです。また「明治維新」も後からつけた名前のようで、当時の人々は「御一新」と呼んでいたようです。
明治政府は幕府を倒したことを暴力革命ではないと正当化したいがために言葉の言い換えをしているのでしょう。慶喜が大政奉還した後に新政府軍と旧幕府軍の内戦が続いたことでも分かるように、明治維新の核心は「薩長が徳川家の支配を暴力で終焉させたこと」だと思っています。
メーカの技術者から経営者に転身した筆者が、ひょんなことから学生時代に嫌いで苦手だった日本史・世界史をコツコツ勉強し始めました。その成果や歴史について思うところを脈絡なく書き綴ります。
2018年8月13日月曜日
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アジアからの視線、視点
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